パラパラは、



パラパラは、20世紀後半に発祥し、20世紀末より広く普及し始めた、日本のダンススタイルの一つである。

1 構造と他の舞踊と比較した特徴
2 パラパラの楽しみ
3 慣習とマナー
4 ディスコの衰退とクラブの隆盛(店格による集客から楽曲による集客へ)
5 発生と歴史
5.1 前史(竹の子族-新宿東亜会館)
5.2 1987-1990年 第一次ブーム
5.3 1990-1992年 ジュリアナ東京開店、RaveTechnoブーム/第一次氷河期
5.4 1992-1994年第二次ブーム
5.5 1994-1997年 現代テクノ・ハウス・レゲエブームと第二次氷河期
5.6 1998-2001年 第三次ユーロブームの狂騒
5.7 2002-2007年現在 第三次氷河期
6 エイベックスとパラパラの特殊関係
7 パラパラの将来・第四次ブームは起こりうるか?




構造と他の舞踊と比較した特徴
曲ごとに振り付けが決まっており、集団で同じ振り付けを踊るのが特徴である。振り付けは 通常4拍で構成されるコードという動作(100種類前後ある)の組み合わせで構成されており、4コード16拍で1パートを構成し、イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、イントロの5パートで、1曲の振り付けが構成されている。曲ごとに振り付けが決まっているのでクラブ(「箱」とも称する)で友人を作って新曲の収録ビデオを入手し、最新の曲十数曲前後を覚えてから参加するのが一般的である。ユーロビートにあわせて踊ることが多いが、トランスやオールドテクノやポップスにあわせて踊られる場合もある。その振り付けは基本的に舞踊の「舞」、すなわち手や腕の動きである。ごく一部には舞踊の「踊」、即ち腰や脚の動きを伴う曲もあるが、大部分の曲ではツーステップ即ち左右の移動のみである。

舞踏は簡単であれば飽きられてしまうので、多くの舞踏では身体表現に工夫を凝らす事により愉しみと深みを得ている。パラパラもコンテストの場合は「限られた数曲について構成と身体表現を競う」事になるが、日常のクラブでのパラパラでは「DJがどの曲を掛けても踊れる事」が身体表現より重要なため、「身体表現より踊れるレパートリー曲数を増やす」事と、新曲が良く掛かり、古い曲は掛かる頻度が少ないため「他人より先に新曲の振りを覚える」事に狂奔する様になる。しかし他の舞踏では10年のキャリアがあれば確実に1年キャリアの踊り手より上手に踊れるが、パラパラの場合たとえ10年のキャリアがありレコード会社のダンサーまで勤めた人でも1年ブランクが空いてしまえば、新曲ばかりかかるギャル向けの箱で新曲が踊れなくて棒立ちになり、新曲を覚えたての初心者に「踊れない人はどいて下さい」と言われる屈辱を味わう破目になる。それが嫌なら「1年後には掛からなくなってしまうのが判っている曲」を労力を費やして覚え続けねばならない。 「身体表現でなく新曲の新陳代謝で踊り飽きを防ぐシステムなので、技巧の蓄積が効かない」という欠陥を内包することが、1987年以降3度もブームを迎えながら、ブームで増えた人口が定着し得なかった理由であろう。

しかし、初対面の行きずりの客同士が一体感を持って踊るのを楽しめるというのが他の舞踊にないラインダンスとパラパラの魅力で、そのために振り付けの規格化単純化が不可欠なので、この欠陥は止むを得ない事と認識されている。

曲数においては、ギャル向けの新曲だけ掛かる箱の場合、最新ビデオの20曲ほど覚えれば一晩楽しく踊れるとされている。しかし、上級者向けの箱で踊ったり、「お立ち台」で踊るなら、200〜1500曲のレパートリーが必要とされている。ただし、基本的に百数十種類のコードの組み合わせなので、コードを覚えてしまえば、他人の振りを見て真似パラで輪の中に入って踊る事はできる。


パラパラの楽しみ
最初に新曲のビデオ1本を覚えるのが少し苦痛になることもあるが、覚えてしまえば日本のどこのイベントに行っても踊りの輪に入って踊る事が可能である。もちろん、他のジャンルにしろそれは同じだが、他のジャンルの場合、協調動作で踊るには事前の打ち合わせと練習を必要とする。

パラパラの場合は事前に何の打ち合わせも必要なく、全然友達の居ない旅先のイベントにフラリと参加しても一体感を持って踊ることが出来るし、DJがマイナーな曲をかけ、皆が振り付けが判らなくて顔を見合わせているときに、もしあなたがその曲を知っていれば、早速一目おかれることになる。

また、対面でぴたりと合わせて踊れた時は、バンドでピタリと合わせて演奏できた時のような爽快感があり、それもパラパラの魅力といえる。

また、常連同士でかなり親密なコミュニティを形成するので、社交の楽しみもある。


慣習とマナー
(1)輪を形成するときに両隣から前に出てはいけない
酔っ払いのオジサンなどのように輪の中に入るのはタブーである。パラパラでは対面の人とシンクロして気分良く踊っているので、前でうろうろされると折角の一体感がぶち壊しになるのでとても嫌がられる。

(2)店に来る前にビデオで振りを覚えて来るべきだが、ビデオを見る暇がなくて「真似パラ」するときは輪の外側で踊る
間違っても踊れないのにお立ち台に上がってはいけない。またお立ち台は女性優先で、行き着けの店で常連の女の子が皆友達とかでない限り男性がお立ち台にあがるのは控えた方が良い。

(3)お立ち台の立ち位置、座席は常連客の指定席になっている場合があるので、初めて行く店では様子をみる
(4)リクエストは客層やタイムテーブルを見て行う
ギャル箱で1980年代のユーロビートをリクエストしたり、マニアックタイムに誰でも知ってるメジャーヒット曲をリクエストしたり、自分の地元の箱でもないのにマニアックタイム以外の時間に自分しか踊れないような超マイナーをリクエストするのは空気の読めない失礼な行為となるので気をつけねばならない。逆に遠方からのお客さんやVIPが来たときにはその人の好きな曲をリクエストすると喜ばれる。

(5)帰る前には知り合いには挨拶周りをして帰るのが慣習 

ディスコの衰退とクラブの隆盛(店格による集客から楽曲による集客へ)
パラパラの発生時点である1980年代では、クラブは数が少なく主としてヒップホップとアース・ウインド&ファイヤー等(ごくまれにシカゴハウス)に限定されており、狭義のテクノを掛ける店は皆無に近かった。主流はディスコであったが、当時はポップス(ABBA等)から、ようやくユーロビート(デッド・オア・アライブ等)が分化したばかりであり、ハウスはシカゴで生まれたばかりであり、現代テクノが発生したのは1990年代になってからである。ユーロビートといわゆるレイヴテクノ(現代主流の狭義のテクノとは別物。ジュリアナ東京DJ ジョン・ロビンソン等)が掛かるのが流行の店であり、ポップスの二番掛けが多いのが大衆店といった状態で、コアなクラブが余りに少なく、ヒップホップ以外はコアなものは野外イベントや自宅イベントでしかお目にかかれず、コアな物を気軽に楽しめる常設の「箱」は存在しなかったと思われる。 当時はまだ「踊りが上手くて、イケていて美人を沢山同伴してくる客」や「外国人・有名人」を「新しくて豪華で・外人や有名人が多い人気店」が「顔パス」で優遇する一方、店のステイタス作りにマイナスな客は入店拒否する・・という形でステイタスが形成されていた時期で「最先端の有名DJを呼んだり、コアな最先端の音楽を時間差なく追う」というコンセプトの常設店が一般的になったのは、欧米で1990年-1992年、日本では1994年以降のことと思われる。実際欧米にしても狭義のテクノの確立と現在のような細分化が起こりクラブが流行するのは1990年以降であり、それまではポップスかせいぜいユーロビートが掛かるマスプロ的なディスコが主流であった。1994年からのクラブブームの結果、1995-1997年には赤坂「RONDE CLUB」や六本木「AREA」を初めとする高級ディスコが相次いで閉店に追い込まれている。


発生と歴史

前史(竹の子族-新宿東亜会館)
店格維持や1982年の新宿ディスコ女子中学生殺人事件(未解決)後の警察の指導で中・高校生などはディスコから締め出された時代、中・高校生が当時流行し始めたラジカセを持って原宿で踊り始めたのが、1970年代に流行した竹の子族で、原始的パラパラ(当時「風」と呼ばれたらしい、地方では「星の子」や「キラキラ」とも言われていたらしい)がこの頃発生した。、1980年代前半には新宿の東亜会館のディスコを中心に芋堀りと呼ばれる特有の踊りや、欧米から入ってきたラインダンス、バンプなどが流行した。そういう意味ではパラパラは「風」とラインダンスから発生したものであり、欧米ではユニゾンで踊るダンスは無いと言う説は正確さを欠くと思われる。ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」など、当時の欧米の曲は海外においても原始的な欧米起源のパラパラが付いているものも極稀に存在しているが、現代ではよほどエキサイトしなければ、周囲から浮いてしまうので踊らないというのが実情である。当時のディスコは21世紀初頭の現在と違い、盛り上げ後にチークタイム(現在のスロータイムとは異なる)という物がありWHAM!の「Last Christmas」「Careless Whisper」などのバラード曲が掛かり、カップルが抱き合って踊っていた。フリーフード&ドリンクではあったが新宿・渋谷のディスコなどは殆ど水の水割り、フルーツパンチ、ベショベショの唐揚げ、パサパサのピラフに冷たいシチューをかけて食べていたという状態で、赤坂「MUGEN」のような大人向けの店は少数だった。やや、成長した十代後半の竹の子族上がりの男の子や女の子がこういった店の店員や常連としてラインダンス、バンプなどを踊っていたのである。 なお、あまり知られていないが、実は欧米においても1980年代の一時期ラインダンスという合わせて踊る踊りが流行し、ヴィレッジ・ピープルの「YMCA」では原始的なパラパラも付いた。しかし日本と違ってすぐに廃れ、今ではアメリカのカントリー系の店でラインダンスを見ることが出来るのみである。ラインダンスは2006年現在六本木に復活した「King&Queen」で実物を見ることができるが、同様のものが北米のカントリー系のクラブで見られ、ステップと振りは類似であり、日本のは1980年代に欧米から輸入されたものが起源である。


1987-1990年 第一次ブーム
1980年代後半(バブル時代)に大人が楽しめる高級ディスコとして当時としては画期的な青山「King&Queen」やマハラジャ麻布十番店など、いわゆるNOVA21系の高級ディスコが人気を集めた。豪華な内装・VIPルームの併設・ホテル並みのサ−ビス・レストラン並みの料理・本格的な酒・青山/六本木/赤坂のやや奥まった隠れ家的立地・有名人や外人が多く・キレイな女性を同伴した身なりの良い大人しか入れない(ドレスコード)。そういう店だった。当時ホテルにディスコを併設する例(川崎日航ホテルに「King&Queen」等)が非常に多くディスコに高級感・大人の社交場が求められた時代でもあった。

しかし、マハラジャ麻布十番店等、当時の高級店の実際の収益構造は、黒服(ディスコ従業員だが、実際の役割は女性客の集客であり、現代で言えばホストに近い)や特別待遇(ゴールドカードやVIPカード)のイケメン常連が水商売等のボディコン女性客を呼び、そういった女性のダンス観賞目当てで集まったサラリーマンから高額の入場料やVIPルームチャージ料を取るという、女性客をパラパラダンサーにつかったショーパブ的仕組みであった。大理石の壁にシャンデリアとソファーのあるホテル等の贅沢な高級ディスコで、正装した黒服とワンレングスのボディコンやPinky&Dian等のDCブランドスーツの女性が踊っていたのがこの時代のパラパラで、三次ブーム以降の今の状況とは大きく異なっていた。(第二次ブーム時代の六本木「AREA」のビデオにその時代の面影を見ることができる)20代になった元竹の子族のイケメンの黒服が20代になった元竹の子族のキレイな女性(服飾店員や水商売の女性が多かった)を店に呼ぶときの誘い文句が「パラパラの最新曲の振りを教えてあげるからおいでよ!」だった時代である。当時はパラパラは各店の黒服や常連が作っていたので、店によって振りが違いレコード会社によるパラ振りビデオは当時存在せず、ビデオカメラの普及率も今ほどではなかったので、黒服に教えて貰うか通って見て覚えるしかなかった。楽曲的には当時ようやっとポップスを脱し、UK等で流行していたデッド・オア・アライブ、カイリー・ミノーグ、リック・アストリー、バナナラマ、シニータなど、いわゆるPWL(ストック・エイトキン・ウオーターマンプロデュース)サウンドを掛け始めていた。ギャルはまだ発生しておらず、その前身のボディコンが女子大生以上の年齢層で流行していた。当時の服装はDCブランドが人気で男がコムデギャルソンやアーストンボラージュのスーツ、女がPinky&Dianやジュンコシマダのスーツかボディコンというのが一般的で、パラパラはこの時代には子供のものというより、バブルの徒花・黒服の芸というべきものになっていた。

代表的Dancer/振付け師 岩田氏 ルナテレサ森嬢


1990-1992年 ジュリアナ東京開店、RaveTechnoブーム/第一次氷河期
1990年にバブル崩壊し、翌年の1991年5月某総合商社がジョン・ロビンソンをDJに据え、芝浦ベイサイドの倉庫を改装して数千人収容の巨大ディスコジュリアナ東京を開店すると、一般客はみなそちらに流れ露出度の高いボディコンにRaveTechnoに合わせ、お立ち台で扇子を振って踊るといったいわゆるジュリアナブームが訪れユーロビートの人気が全国的に衰える。しかし青山「King&Queen」、マハラジャ麻布十番店等でコアな人々は引き続きパラパラを愉しんでいた。またこの頃NOVA21系ディスコ浦安「EDEN ROC」「ROYALTON」で掛けていたユーロビートを湾岸系ユーロと呼ぶ。この2店舗のサブ店名が「TOKYO BAY」(湾岸)だったことから呼ばれるようになった。

ジュリアナ東京はお立ち台や照明設備が優れていたほか、不完全ながらDJで店のステイタス を築こうと試行した初期の例である。しかし実際は最先端をコアクラバーに提供するにしては当時コアクラバー自体が少なすぎ、巨大な箱を維持するには一般客を入れるしかなかったので、結局、設備の豪華さと入場者の選別という従来の手法でステイタスの維持を図らざるを得なかった。当時ジュリアナ東京で掛かっていたのはサイケとかトランスとは全然別のTokyo Go(ジョンロビンソン)などの所謂ジュリテクで、RaveTechnoにあたる。

ジュリアナ東京で過激な露出合戦が激化しすぎて集客が低下したのと、ジュリアナ東京の成功を見た家主(倉庫会社)が家賃引き上げを画策してゴタゴタしたこともあって、ジュリアナ東京は1994年8月に最寄り駅から列ができ12時間以上アンコールが続くなかで閉店した。

代表的Dancer 荒木師匠


1992-1994年第二次ブーム
ジュリアナ東京閉店に伴いマハラジャ等に客が戻り、第二次ユーロブームを迎えた。この時代のパラパラとディスコの状況は基本的には一次と同じである。パラパラは基本的に黒服とディスコの女性客集客道具であった。「黒服のパラパラの時代」の精髄としてこの時代の六本木「AREA」や日比谷「RADIO CITY]のパラパラの名曲は、現在においてもコアなパラパラ愛好者から評価が高く、パラパライベントのマニアックタイムやマニアックイベントにおいて人気を集めている。ただし、現代においてこの時代の振りも、結局は神楽坂「Twin Star」の振りが標準になっている事実の裏返しの現象でもある。

一時はエイベックス主催の東京ドームイベントがパラパラ愛好者で満員になるほど、盛り上がりを見せ、地下鉄の六本木駅構内で女の子同士でパラパラを教えあう光景が普通に見られる程だったが、下記のような変化が現われはじめていた。

(1)パラビデオの出現により、黒服に教わったり、店に通って他人を見て覚えるかわり、ビデオで自宅で覚えるのが一般化し振り付けも複雑化した。エイベックスによる新曲統一パラビデオの出現。「Twin Star」「XENON」「AREA」のハウスビデオの全国流布。

(2)新曲ビデオが集客の道具となり、競争になった結果、膨大な新曲に振り付けが付いたが、NOVA21系(マハラジャ・King&Queen・EDEN ROC)、熊谷組系(Twin Star)、ジョイパック系(XENON)、日拓系(AREA・RONDE CLUB・ARX)、大和実業系(RADIO CITY)、地方でそれぞれ同じ曲に別の振り付けが付いた。

(3)ディスコ雑誌「Heaven's Door」が発行され各店の常連の写真や新曲の振り付け紹介が掲載される。ブーム終了とともに「Heaven's Door」はEgg(元祖ギャル雑誌)に衣替えして現在に至る。

(4)後に第三次ブームの主力となるギャルが第二次ブームの終わりごろにようやく発生したが、この時代にはTシャツやルーズをスーツかボディコンに着替えて、知り合いのお姉さんに同伴してもらわないと、(特に六本木の場合)ドレスコードで入店を断られるのを覚悟せねばならなかった。携帯電話やメールの普及もこの頃からである。

(5)当時流行した服装は男性がルナ・マテイーノ ヴェルサーチ、女性がロッキーアメリカンマーケットである。

(6)現代テクノやハウスやレゲエを楽しめるクラブが1994年ころから目立ち始めた。一方パラパラはビデオの流布とともに地方のヤンキーが流入を始め、黒服の芸から地方ヤンキーの踊りと目されるようになってしまった。ストリートに戻ったともいえるが、パラパラを踊るのはカッコ悪いという雰囲気が広がり、1994-1995年に一般層も急速にハウス、レゲエ、次いで現代テクノへ転換するようになり、1995年頃第二次ユーロブームは終焉した。

代表的Dancer・振付師 前半期 岩田氏 ルナテレサ森嬢 /後半期 ゴリ師匠 リッチー嬢 AREA黒服振付け師福居氏


1994-1997年 現代テクノ・ハウス・レゲエブームと第二次氷河期
欧米では1990年以降現代テクノが開花し、クラブの時代に入っていたが、日本でも1994年から現代テクノやハウス・関西ではレゲエを掛けるクラブが隆盛するようになり、ユーロビートを掛ける在来ディスコは1994-1997年に相次いで閉店に追い込まれてゆき、パラパラは第二次氷河期を迎えた。ただ一つ神楽坂「Twin Star」だけは、店側主催で常連同士で海に行ったり、温泉に行くなど古くからの常連コミュ二テイの家族的強化策により氷河期を生き残り、第三次ブームの火付け役となった。また、1997年以降パラパライベントの店がなくなる状況のなかで、コスプレ系のパーテイーでパラパラが流行する現象があった他、横浜大黒埠頭で走り屋の人達によるパラパライベントが行われるようになった。


1998-2001年 第三次ユーロブームの狂騒
1998年、SMAPがバックダンサーにパラパラダンサーを起用しテレビ番組で露出が増えた事をきっかけに、1980年代から 1990年代前半のパラパラが一世代下のギャルの人気を集め、1998-2001年にかけて神楽坂「Twin Star」と渋谷「9 LOVEJ 」、六本木「velfarre」及び芝浦「VENUS TOKYO」を中心に第三次ユーロブーム(いわゆるパラパラブーム)が巻き起こった。 しかし、現在のトランスシーンの荒廃と同様、低年齢層・大衆層でのブームは両刃の剣であった。エイベックスと「Twin Star」の極端な商業主義によりアニメ番組の「名探偵コナン」や「ミッキーマウスマーチ」にまでパラパラが付く状況になると、1980年代から続けていたコア層の反発を招いた。さらにスーパーフリー事件において同サークルが当時流行していたパラパラをイベント集客に利用していたためにパラパラのイメージの悪化は決定的となり、ギャル層がパラパラからトランスに移動すると商業的にも壊滅的状況に陥り、最後に残ったディスコ「Twin Star」も潰れてしまい。現在東京で残っている大箱ディスコはユーロビート楽曲版権を大量に抱えるエイベックスの直営ディスコ「velfarre」だけになってしまっている。

代表的Dancer・振付師 前半期 ゴリ師匠 DJよっしー リッチー嬢 SATOKO嬢/後半期 カホリ嬢

レコード会社ダンスユニット ParaParaAllstars ParapaLove TRREX


2002-2007年現在 第三次氷河期
神楽坂「Twin Star」の閉店とともに1980年代から踊っていた第一次、第二次世代のDancerの多くが引退してしまい、現在はTEAM SEFを中心とした第三次世代が六本木「velfarre」を拠点にシーンを牽引している(「velfarre」は「SEF」の名で木曜日にイベントを開催している)。 イベントにおいては一次世代のBANCHOをオルガナイザーとするStarFire、新宿のディスコXENON出身のまっつーをオルガナイザーとするNEONが健在であるほか、トータルエージェント社や梅田が六本木に復活した「King&Queen」でイベントを行っている。また、元「RONDE CLUB」DJ、リミックスチーム「MIDI-WAVE」の井口が経営する高円寺「Magical Cafe」で月一回マニアックな曲目のみのイベントが行われておりコアな愛好家の人気を集めている。

エイベックスは第四次ブームを点火しようと、俄然パラパラの全国ツアーを行ったり、最近テレビ番組への露出を図ったりしているが、第三次ブーム当時のSMAP程の大物のバックダンサーで採用されるに至っておらず、ギャル系ファッション誌に取り上げられる所まで行っていない。2006年、エイベックスのみならず、他各社からも教則DVD(単体、CDの特典、またはムックの付録)が数種発売されるも、まだ第三次ブーム後のイメージ荒廃の傷跡が深く、現在もブームに点火するまでには至っていない。


エイベックスとパラパラの特殊関係
ユーロビートはヨーロッパでは1991年頃には廃れてしまったが、日本では人気は安定しそれまでのアルファレコード社「That's EUROBEAT」シリーズに変わり、エイベックスはイタリアのプロデューサーデイブ・ロジャースが設立したA-BEAT Cと提携してフリー情報誌『BeatFreak』が始めた人気ユーロビートコンピレーションSUPER EUROBEATシリーズを引き継いだ。同シリーズは2006年8月2日にも『SUPER EUROBEAT VOL.170』が発売され170号ものアルバムを重ねる異例のロングランヒットとなり、また、安室奈美恵の『TRYME』の原曲が同シリーズに収録されているLOLITAの『TRYME』から来ているのを見ても判る通り、音楽著作権の上で大きなメリットをもたらし、輸入レコード業から出発したエイベックスが現在の地位に上り詰める原動力の一つとなった。

エイベックスとしてはパラパラが流行すれば、自らが楽曲著作権を持つSUPER EUROBEATのCDが売れて、ParaParaParadiseなどのパラパラ振り付けビデオが日本だけではなく香港などにも売れて、直営ディスコ「velfarre」が満員になり、非常に潤う構造となっている。

第三次ブームの時には、ギャラの安いバックダンサーとしてSMAPのバックダンサーにパラパラダンサーを採用して貰いテレビ番組でSMAPがパラパラを踊る企画を実現し、ギャル雑誌のお抱え読者モデルを、エイベックス公式のパラパラダンスユニットに入れてギャル雑誌にパラパラが紹介記事が出るように仕掛けた。「Twin Star」がダンサーと振り付け供給でエイベックスを手助けし、第三次ブーム点火に成功した。つまり、マスメディアへのパラパラの露出による知名度向上とSMAPやファッション誌読者モデルがパラパラをすることによるパラパラのイメージアップによりブームを起こすのに成功したのである。しかし、そこまでやっていながら、ブームが始まると極端な商業主義により売り物であるパラパラ自体のイメージと商品価値を貶めるようなことが何度もあり、ダンサーユニットも使い捨てにしてしまった。

ユーロビートが1991年には世界のクラブシーンの主流から外れてしまったのにも関わらず日本でパラパラが氷河期を何度も乗り越えて3度のブームで息を吹き返し、香港や台湾にまでファンを広げる事ができた事はやはりエイベックスの力を除いて語ることは出来ない。しかし、トランスを見れば判るように「コアな愛好家向けに売り物の価値を高めて売るとか、じっくり育てる」ことはせず、短期的利益を求め「ブームを起こして大衆向け、低年齢向けの濫造乱売に走り、ブームのたびに酷く荒らしてしまう」傾向があったことも否めない。


パラパラの将来・第四次ブームは起こりうるか?
悲観論としては、身体表現の練成がダンサーを飽きさせない仕組みの他の舞踊と違って、身体表現は規格化・単純化し、どんどん新曲が出て、旧曲は掛からなくなる流れのなかで新曲の振りの学習に追われる事でダンサーを飽きさせないというパラパラの場合、新曲ばかり掛かる環境では経験者が初心者に優位に立てないという致命的な構造欠陥があるため、パラパラのダンス教室というものが非常に成立しにくい。

したがって、パラパラを10年やって2,000曲踊れようともそれで生業を立てる事ができない。そのため同じストリートダンスから発生した舞踊でもブレイクダンスのように確固とした地位を築くことなく、いつかはゴーゴーやツイストのように消え去ってしまうだろうという意見や、パラパラのベースとなるユーロビートが既に欧米では終わったも同然の音楽ジャンルであるから、早晩パラパラは消え去るだろうという意見もある。

楽観論としてはエイベックスの利権と結びついているし、第二次ブームの後、パラパラは一時期古いとかヤンキーの踊りというイメージであったにもかかわらず、第三次ブームで復活した実績があり、今、パラパラに悪い印象を持っている世代が大学を卒業したあとで先入観のない高校生・大学生にプロモートすれば第四次ブームはありうるだろう、三度あったことは四度起こるに違いないという意見や、日本から世界に通じるブレイクダンサーが生まれることは望ましいが、その一方で合わせて踊るダンス同士で比較するとアメリカのラインダンスより日本のパラパラのほうが発達しているのは漫画における日米の状況と同じである。

大きな欠点があるとはいえ、せっかく香港や台湾で真似されるところまで行った自国オリジナルなパラパラを全く放棄してしまうのは勿体無いし、日本のダンスシーンをいつか欧米の文化的植民地の立場から脱出させたいなら、欧米の真似ばかりしているわけにも行かないだろうという意見、合わせて踊る舞踊は、身体表現で踊る舞踊に比べてベテランが優位を取りにくい致命的欠陥はあるものの、合わせて踊れる快感というものは、それなりに価値があるもので、地道に多くの人に愛される綺麗な楽曲、華麗な振付けをつくって行けば、地味ながら一つのジャンルとして定着するのではないかという意見、等様々である。

2005年にはO-ZONEの「恋のマイアヒ」のヒットや長州小力によるNIGHT OF FIREのパラパラなど第四次ブームの火種と思われる現象があったが、結局ブーム再燃とまでは至らなかった。「恋のマイアヒ」がヒットした当時エイベックスはのまネコ問題と呼ばれる2ちゃんねるを発端とした騒動に巻き込まれており、この時にエイベックス側がとった対応の拙さがブームの火種を消したという見方もある。

ジャンルの使い捨て・乱発という姿勢の改善やNIGHT OF FIREやMICKEY MOUSE MARCHといった知名度が高い曲の一過性ではないリバイバルが望まれる。(かつてSUPER EURO BEATのライナーノートに「NIGHT OF FIREが1位を取っている限りブームの再燃はこない」という趣旨の文章が掲載された事があったが、これは自社の資産の価値を完全に見誤ったものである。同曲がリクエストカウントダウンで3位に落ちていた時期パラパラブームは氷河期に入っていた)


参考
2000年秋ごろ、読売テレビ・日本テレビ系列の人気アニメ「名探偵コナン」のオープニングにて、主人公の江戸川コナンがパラパラを踊っていたことがある(第205話〜第230話、オープニング曲は愛内里菜「恋はスリル、ショック、サスペンス」)。
坂下千里子が、パラパラの次に「チリチリ」を流行らそうと、本人が出演した「スリムビューティハウス」のCMソング「浜辺のChili-Chiliダンス」をソロCDで発売したが、売れたのは800枚であった(「ぐるぐるナインティナイン」での本人発言による)。
2001年ごろに香港でパラパラブームが起こり、アーロン・クオック(郭富城)、セシリア・チャン(張柏芝)主演で『ParaPara櫻之花』(もしくは『芭啦芭啦櫻之花』)という現在のところ世界唯一のパラパラ映画が公開された。監督のジングル・マー(馬楚成)が2000年に『東京攻略』という映画の日本ロケの際にパラパラを目撃して映画化しようと考えたらしい。現在でも中国の一部では健康ダンスとしてパラパラが行われ、2004年6月には広州でアジア競技大会招致のためのパラパラ大会が行われた。パラパラ大会を伝える記事(日本語)
2001年夏に放送されたTBS系列のテレビドラマ「大好き!五つ子3」のオープニングで7人家族全員がパラパラを踊っているシーンがある。
「おはスタ」に出演していた「怪人ゾナー」「ベッキー」「カナ」の3人が「ゾベッカ」というユニット名で、マキシシングル「象南波羅 〜ゾナパラ〜 WHY!パラパラ・リミックス」を発売した。
以前SMAPの木村拓哉が番組『SMAP×SMAP』の1コーナーで「バッキー木村」なるキャラに扮し、アーティストNIKOの楽曲『Night of Fire』にのってディズニーのキャラクターと共にパラパラダンスを披露したことが第3次パラパラブームの始まりであるとも言われている。
神楽坂のディスコ「Twin Star」はパラパラの総本山とも言われた。その中心人物が振付師の宮地弘和(元ジュリアナ東京スタッフ)で、最新の振り付けがこの店を中心に発信され広がっていった。「名探偵コナン」の振り付けも宮地の手によるものである。流行最盛期には振り付け講習会が開かれ規定のレベルをクリアすると「マスターカード」と呼ばれる認定証が発行された。また教則ビデオも発売されていた。「Twin Star」は第三次ブームが収束したあおりを受けてか2003年8月に閉店し、同年秋より場所を変えて営業再開と噂されるものの何の音沙汰も無く現在に至る。
最近では前田健がパラパラ(正確にはトラパラ)を復活させようとしているようである。また、SUPER EUROBEATのCMでは長州小力がパラパラを踊っている。
振付は曲の歌詞とリンクさせることが多い。例えば「baby」という歌詞がある部分では、赤ん坊を抱くように両手を上下に突き出すことが多い。但し、ビジュアル面を重視した第3次ブーム以降のパラパラではあまりそのような傾向が見られない。
最後まで盛況だった六本木「velfarre」は、2006.12.31のラストダンスをもって惜しまれながらも閉店した。2005〜6年にはイベントの中心はパラパラからエピック(いわゆるサイバートランス)、HipHop、サイケデリックトランスなどに移行していた。
2006年に公開されたワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTの未公開シーンにはパラパラを踊るシーンがある。 

長州小力のパラパラの振り付けって、



長州小力のパラパラの振り付けって、一応長州力の動きを真似たものですよね?一つ...

長州小力のパラパラの振り付けって、一応長州力の動きを真似たものですよね?一つだけ「?」な部分があるのでご存知でしたら教えて下さい。それは、「はっはっはっはっは、これ楽しい!!」の所です。あんな動きとセリフを本人がしたのですか?いつどこでやりましたか?

まだ無名の頃ネタを考えていてその頃パラパラが流行ってたので「長州力がパラパラを踊ったら面白いかな」と思い練習して客前でやってみたそうです。
そしたら思いの他受けたので驚いたと話してたのでオリジナルですね。
マイクパフォーマンスや技などが物まねです。

堀ちえみ・早見優・松本伊代の3人によるユニット「キューティマミー」をどう思い...

堀ちえみ・早見優・松本伊代の3人によるユニット「キューティマミー」をどう思いますか?

1980年代のファン達にはたまらないんでしょうねww

パラパラはもっと若い方が・・・いえ、何でもありません。w

・・・・・・・・・・・・・・・・・ナイト

良いですね〜
・・・・・・・・・・・
団塊の世代にとって、アイドルでしたから。
それなりに、売れるでしょ?

がんばっているな…

堀ちえみに関しては、
子供にお金がかかるから働かないといけないのかな。。。。。。。。。。

と思いました。

つーか、3人とも若くて綺麗だと思います。。。。。。。。。。。
え〜なにそれ

なんかしてるの〜?

知りませんでした。

是非見てみたいですね。

ネーミングがまた、かわいらしすぎるというか・・・・

アイドル時代を知っている私の娘達がテレビを見て一緒に楽しそうに踊っていました♪「ミッキー」と「ダンス」子供にも【大うけ】なのでは?

・・・でも『この、おばちゃん誰〜?』の質問に涙・・・。『あー、私も同じく「おばちゃん」になったんだーーー!』

痛々しい。
お金に困ってるのね〜って感じ。。。。。。

う〜ん・・・主婦業を優先にしてやっているからいいんじゃないかな〜?モー娘。よりはいいと思うし。

年齢の割に若々しくて、アイドルの時と変わらないような可愛らしさで良いと思います。芸能界でしかもアイドル時代からの親友って貴重な存在ですよね。

「哀れ」に思う。

そこまでしないと旦那の稼ぎだけじゃ
裕福な暮らしは無理なのか?とうがった考えが沸々と・・・・・・

まぁ「シャレ」だろうけどさ。
「シャレ」なら許す。

なんか勘違いしちゃっているなって感じ。

最近、昔のアイドルが出てきてますね。南野陽子もすっごい衣装で歌ってました。

そこまでして残りたいところなんですかね、芸能界って・・・

おばちゃん軍団の来襲!!!
かなりいいとおもいます
応援しないとね!!!

子供さんがいるのにがんばっている奥さんって感じですかね。
若い年代からすれば・・・。

頑張ってるとは思いますがやはり年相応ではないかな。。と。。。あと堀ちえみさんにはもうちっと痩せてほしいな〜〜〜。3人の中では1番好きなんで。

ギャルサーとかサルサーの文字は、テレビとか新聞で最近目にとまります。意味はど...

ギャルサーとかサルサーの文字は、テレビとか新聞で最近目にとまります。意味はどういう事でしょうか?

ギャルサーとは
ギャルのサークルの略です。
パラパラ目的で集まった渋谷のギャルたちのサークルのことです。
15日からそれを題材にしたドラマ『ギャルサー』(藤木直人・戸田恵梨香・鈴木えみなど出演)がスタートしました。

前に私もワイドショーで見たことあります。ギャルサークルです。年もメイクもひとむかし前のガングロブームと同じですが、違うところは、そのサークルごとに守らないといけないルールがあるみたいですね。今晩のドラマ、ギャルサーも楽しみですね。今話題の若い女の子たちも沢山出ますし

長州小力って、本家の長州力に怒られないんでしょうか? それとも本人に公認でも...

長州小力って、本家の長州力に怒られないんでしょうか?

それとも本人に公認でも取ってるのですか?

少し前に深夜番組で長州力の道場に訪問して
本人の目の前でパラパラ踊ってたよ。
(それ以前は無断だったようだけど)
収録終了間際、、長州力が「今日はオレがお前の舞台(バラエティ番組)に出たんだから、今度は
お前がオレの方(プロレス)に拠って来いよ」っていってたけど、まだ実現する気配はないかな?

長州力さんは、
そんな小物にまねをされたくらいで、
怒るような器の小さい方ではありません。

長州小力さんが、
売れるようになっても、
相手の立場で態度を変えるような
器の小さい方ではありません。

長州力さんは、偉大なのです。

かいとう:あったことある
(番組で)ようです。

「面白いな!おまえ」といわれた
そうです。

真似られる人はみないいますが、
「オレはそんな風じゃない」と
おっしゃっていたそうです。

かいとうころんでした。

長州力さんは自分のモノマネをされているとは気づいて無いと思います。そういう人です。

長州力って奴が、長州小力さんの真似しているんじゃなかったの?????

この前、長州力さんが細木数子の番組に出たときに司会のくりーむしちゅー上田に「長州さん、最近長州さんのマネをする変なヤツがいますけど、どうですか?」と聞かれて「おもしろくていいんじゃないですか。ただ俺はあんなしゃべりかたはしないですけどね」と言ってました。

それに対し、有田が「いやいや十分ソックリですよ」と突っ込んでました。

これからすると、公認までは取っていないみたいですが、怒ってはいないみたいですね。

草野キッドという番組で子力が本人に直接会って公認されてました。
長州力も喜んで今度何らかの形で共演したいといっていた。

長州小力の存在を、長州力は知っているのですが?知っていたら長州力がマジ切れし...

長州小力の存在を、長州力は知っているのですが?知っていたら長州力がマジ切れしそうな気がしますが・・・・・

知ってますよ。
リキプロの道場のリングの上で小力パラパラをやってました。力さんは笑ってましたよ。
小力さんが「プロレスもお笑いも好きで今までやってきました。真剣にやっていきますので・・・。」みたいなことを力さんに言ってました。怒るどころか応援してますよ。

あぁ、あいつのことなら知ってるよ。
ん?
マジギレしてないかって?
キレてないっすよ。
オレをキレさせたらあいつもたいしたもんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・力

あんだけテレビに出てて

本人が存在を知らないわけがないと思う

たぶん怒ってはいないんじゃないかと・・・

知ってますよ。以前TVで見たのですが長州が小力に「今回俺がお笑いの世界を知ったのだから今度はお前がプロレスの世界を知れ」みたいなことを言ってました。番組の途中からなので経緯はわかりません。怒ってはなかったですよ。

知ってます。
「似てるとは思わなかったが(動きの)モノマネはうまくできている。それに、全国的に見れば、今じゃ彼の方が親元(有名)になっちゃっているから、オレとしては応援してあげたい」
とコメントしてました。

当然知ってますよ。3週間くらい前、「クサノキッド」という番組で、物まねを本人の前で披露してました。切れるどころか爆笑してましょいたよ。

保育園の謝恩会で、出し物係になりました。 演目は【恋のマイアヒ パラパラバージ...

保育園の謝恩会で、出し物係になりました。

演目は【恋のマイアヒ パラパラバージョン】で、SMAP×SMAPでキムタクとゴローちゃんがホストマンブルースというコーナーで踊っているパラパラです。

ママ友は同じマイアヒですが、女子高生に扮してルーズソックスをはいて踊るようです。衣装に関しては何も考えていなかったのですが、余りお金をかけるわけにはいかないですが、全員でワンポイントくらいの衣装(飾り)を付けたいなと思っています。
100円均一ショップなどで手に入り、ちょっとウケるようなアイディアをお聞かせいただけるとうれしいです(*^^*)

よろしくお願いいたします。

去年ぽんぽん持って踊りました。
なんか踊りもばらけていても、わりと華やかにみえるし
安価だし・・・
造るの面倒だったけど。
服の色は揃えるだけで、それにスカーフとかでもずいぶん
華やかだと思いますよ。
大きい造花もありますよね。
髪につけてもいいのでは?

家も、謝恩会の出し物で踊ります^^
中々覚えられずに毎日練習しています。

造花など頭につけたりするのはいかが?
ハイビスカスなど・・・今時期はないかしら・・。

長州力は、長州小力の存在をどう思ってるのでしょうか?(不快感あるのかな?)

長州力は、長州小力の存在をどう思ってるのでしょうか?
(不快感あるのかな?)

実際に本人(長州力)の前で小力がモノマネを披露したことがあります。
(多分くりぃむしちゅーの番組だったはず)

リングでパラパラやってましたが長州さんは大笑いしていました。
んで小力に「これからも頑張ってください!」っと本人からお墨付きを上げていました。
最後に小力からのお願いでサソリ固めかけてましたよw

っつーわけで小力のは本人公認です。

そっくりさんが活躍するのは、
本物に人気がある証拠だからね。
不快感は無いんじゃないかな?(^^;

キレてないですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

不快感はないでしょう。
面白がっていると思いますよ!!!!!!!!!!!!!!!!

ギャルサー」ってどういう意味ですか?わたしは「ギャルのサークル」の略だと思...

「ギャルサー」ってどういう意味ですか?
わたしは「ギャルのサークル」の略だと思ってたんだけど、周りの人が納得してくれません。教えてください。

合ってます。
それじゃ簡単過ぎるんなら、ドラマ冒頭のテロップをどうぞ。

「21世紀初頭。
東京・渋谷に新種の勢力が発生した。
主にパラパラを踊ることを
目的としたギャルたちのサークル。
それは学校で落ちこぼれ、
家庭でうとまれ、
行き場を失くした少女たちが
流転の果てに行き着いた
聖地であった。」

ですって。

ギャルのサークルで合ってますよ。
数人のダンスグループのことです。

「ギャルサー」は「ギャルのサークル」で合っています。
「ギャルサー」とはギャルが集うサークルのことです。
このことを知らなかった周りの人に教えてあげてくださいね^^

あなたがおっしゃる通り「ギャルサークル」の略です。

ギャルサークルで合ってます。周りの人が知らないだけだと思いますよ。


今日のスマスマで・・・・キムタクのホストのコントで歌っていたパラパラみたいな...

今日のスマスマで・・・・
キムタクのホストのコントで歌っていたパラパラみたいな歌の曲名って何ですか?

O-ZONEの『DRAGOSTEA DIN TEI〜恋のマイアヒ〜』です。。。。。。。。

恋のマイアヒ、オゾン
英語だとO-ZONEのDRAGOSTEA DIN TEIです。
♪ノマノマYEAH!ノマノマYEAH!ノマノマノマYEAH!!♪

「恋のマイアヒ」だと思います。。。。。。。。。。。。。

昨日のギャルサーを見て思ったのですが、実際パラパラは渋谷などで踊られているの...

昨日のギャルサーを見て思ったのですが、
実際パラパラは渋谷などで踊られているのでしょうか?
もう何年も前におわった感じがしていたのですが・・・

まだ流行っていますよ。

イベントなどもあります・

しかしギャルサーに出ていたのは

ギャルではなく大人からみたギャルという

感じなのでギャルサーを見てあの人たちが

ギャルだと思わないで欲しいと思います

あの人たちはギャルではないのですか?
本物のギャルってどんなのでしょう?
エッグやSカワイイのに出てくるような人だと思ってるのですが・・・

またブーム到来したのです。
最近ではテレビでタッキー&翼のパラパラやってたくらいですから。

踊ってますよ。
代々木公園などに集まって踊っているのを良く見ます。

昨日久々に「スマスマ」見てキムタクがパラパラ踊ってるのを見ました。昔、コーナ...

昨日久々に「スマスマ」見てキムタクがパラパラ踊ってるのを見ました。
昔、コーナーありましたよね?
でも、ホスト役の人やゴローちゃんより、やはり踊りがうまいような気がします。
他の人とどう違うから、かっこよくみえるのでしょうか?

まず、姿勢がいい事。
それからメリハリがある事。
動きをぴたっと止める時、『ぴしっ』って止まってるでしょ。

ちなみに私はキムタク別に好きじゃないけど
踊りはかっこいいと思うよ。
だってうまいもん。

カッコいいからカッコいいのよ

カッコいいんだも〜〜〜ん

もともとの才能でしょうねぇ。
特別、ファンなわけじゃないけど、
何でもできるよね、あの人。

やっぱり「存在感」じゃないですか?自分が他人からどう見えていて、どう見せたら一番カッコ良く見えるかを知り尽くしている彼自身の「オーラ」が見ている人に伝わるのだと思います。

昔のパラパラはバッキー木村ですね。
元々、剛くんのヨーヨーのコーナーの後ろにいたのが
独立したコーナーになったと記憶してます。

マイヤヒーでキムタクが目立ってるように見えるとしたら
その理由はいろいろあるんじゃないでしょうか。
キムタクはバッキーでパラパラに慣れてること、
ヒカルさんのキャラはお店でナンバーワンだから
キムタクも吾郎ちゃんも周りの人もみんなキャラを演じてるので
ヒカルさんが一番決まってなくちゃいけないんでしょう。
キムタクはちょっと大げさに、他の人達は控えめにしてると思います。

吾郎ちゃんはSMAPで一番踊りがヘタだし、姿勢が悪いので
決まって見えないんでしょう。
周囲の人たちって、踊りのプロではなさそうだから
踊りに関してはプロのキムタクが上手いのは当たり前でしょう。
あと、あなたがキムタクに対してどう思ってるかも
多少は影響してるでしょう。
キムタクのことが嫌いだとかっこよく見えないと思いますよ。

かっこいいからです..............................

背が小さくて顔が大きくて昔の髪型してること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でいつも怒ってること

ヒップホップ、フォークダンス、パラパラ、レゲー、ブレイクダンス、舞踊、創作ダ...

ヒップホップ、フォークダンス、パラパラ、レゲー、ブレイクダンス、舞踊、創作ダンス、コサック、マンボ、サンバ、フラメンコ・・・・・・・・などダンスの名前をたくさん聞いたことがありますが、ダンスの種類でを大きく分けるといくつありますか。分類の仕方を教えてください。また細かく分けたときのものも教えていただけると助かります。

ダンスは民族舞踊がルーツ。
国の数は200程度ですが、世界には約5000種類の言語があるといわれています。民族を、言語で分ければ、
5000の民族、ダンスのルーツがあると言っていいでしょう。
さて、日本のダンスを見ると、盆踊り、歌舞伎、狂言などがあり、
しかし、日本の3大盆踊り「西馬内」「郡上」「阿波踊」は全然違う踊りですし、1つの県に、20〜30種類の盆踊りがあり、おそらく、沖縄、奄美大島、アイヌなどを含めると、
日本の盆踊りだけでも150種類以上あると考えられます。

民族の数だけダンスのルーツがあり、枝分かれして、日本の盆踊りだけで150種類はあると書きましたが、
現在のメジャーな「商業ダンス」は、
@ヨーロッパを中心としたバレエ。
A中南米のジャマイカンダンス。
Bアメリカのブロードウェーダンス(ジャズダンスを含む)。
Cヒップホップなどのストリート系(ルーツはアフリカンダンス)
ということになります。

テレビで秋葉原の特集をしていてコスプレで踊っている女性の前で デブのオタク丸出...

テレビで秋葉原の特集をしていてコスプレで踊っている女性の前で
デブのオタク丸出しの青年がたった一人でパラパラを踊っていました。
異様な光景に見えたのですが
オタクということに誇りを持っているのでしょうか?

そんなに大袈裟に考えていないでしょうね。踊りたいから踊るんでしょう。。。。。。。。。

周囲の目をまったく気にしない人だと思います。オタクの自覚はないんじゃないかな?

相手にしちゃいけません・・・・・・・・。



〜博多大名〜

なんとなく、テレビ局側が頼んで撮っているような感じですね。
普段秋葉原を歩いていても1人で踊っている人って・・・あ、いるか。
誇りに持ってるというより、オタクであるということに気付いていないから、周りの視線が気にならないのでしょう。

オタクは結構自分がオタクであることに肯定的です。異様とわかっていてやっているのだと思います。

パラパラって今でも流行っているんですか?ギャルサーのHPで見たんですけど・・・・

パラパラって今でも流行っているんですか?ギャルサーのHPで見たんですけど・・・・

細々と流行っています。
HINOIチームの影響かな。
キムタクほどじゃないけど・・・

最近、ダイエットのために、昔のパラパラのビデオを出してきて、 夜、3〜40分ほ...

最近、ダイエットのために、昔のパラパラのビデオを出してきて、
夜、3〜40分ほど、踊ってます。
うっすら汗をかきますが、これは有酸素運動とは言えませんか??

よろしくおねがいします。

言えると思います

楽しくて汗が出るのは良いですね
ストレス解消で、脳もリラックスできるから痩せそう〜

ダンス中に心拍数100を超えていれば、何とか良いレベル。

長州小力っておもしろいですよね? 何ていうかぁ、パラパラ気取りのギャル、ギャ...

長州小力っておもしろいですよね?

何ていうかぁ、パラパラ気取りのギャル、ギャル男をせせら笑う感じで、皮肉ってる感じに共感が持てます。

あと素の長州のしゃべり最高!

長州の普段のしゃべりを真似するなんて、、結構マニアックで以外でした。
パラパラも面白いね。


トイズファクトリーやAvex、SonyMusicなどの音楽事務所で各事務所の特徴や、違い...

トイズファクトリーやAvex、SonyMusicなどの音楽事務所で
各事務所の特徴や、違い、傾向などありませんか?

あと各事務所の代表歌手とか教えてください。

【トイズファクトリー(TOY'S FACTORY)】
1990年設立と若い。営業面では日テレ系
レコード会社バップにアウトソーシング。
洋楽関係ではハードロック・ヘヴィメタ
中心に扱っている。
主な所属歌手は BUMP OF CHICKEN
Mr.Children MY LITTLE LOVER
RAG FAIR ケツメイシなど。

【エイベックス(avex)】
ユーロビートの曲を集めたアルバムCDは
会社創業の頃より発売している。
1998年から2001年頃には特に、ユーロ
ビートの曲に合わせ踊るパラパラブームを
巻き起こした。1993年より、毎年夏に
大がかりな企画・イベントを行っている。
主な所属歌手は相川七瀬 安室奈美恵
安藤裕子 今井絵理子 上原多香子 大塚愛
岡本真夜 片瀬那奈 倖田來未 島谷ひとみ
鈴木亜美 高橋克典 タッキー&翼 浜崎あゆみ
パパイヤ鈴木とおやじダンサーズ
観月ありさ ロードオブメジャーなど。

【ソニーミュージック(Sony Music)】
着うたの商標を所有している。




ダンス留学,ダンススクール大阪

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。